gyuttone !が、できたわけ。(2)

・・・・・・・(1)からのつづき・・・・・・・・・・

 

公開保育にいった先は、

私が卒園した保育園でした。

そこにはまだ、

私が子供の頃お世話になっていた先生が

何人かいらっしゃって驚きました。

先生方があまりお変わりなかったということと、

30年前は先生方も20代だったのだということに

初めて気付いて。

 

 

最初に感じたのは、

子供に裸足で遊ばせられる

安心感でした。

 

 

最近は公園の砂場でも

裸足にはなれません。

子供は裸足が好きです。

私もそうでした。

足に直接感じる

砂のひんやりした感触を

何十年ぶりかに子供と一緒に味わった時、

かすかに心がほどけていく気がしました。

 

 

公開保育は保育園に通っていない

近所の親子に保育園の園庭を開放するという

取り組みなので、

初日に面談のようなものがあります。

名前や家族構成、

育児で心配なことなどを書く紙を渡され、

私は初めて、

家族構成の「父」の欄を空欄のまま

先生に渡しました。

 

 

「心配なことは、父親がいないまま

成長していくことです」みたいなことを

話したんだと思います。

 

 

狭い地域なので、

先生方はうちの事情を知っている方もいて、

本当に優しく迎え入れてくださり、

求職中でも、保育園の入園希望は

出せることを教えてくださいました。

 

 

2回目に行った時、

もう一つ、転機になることが起きました。

園長先生の

「よくここまで来たね」という言葉で

感情の堤防が崩壊し、

号泣してしまったのです。

 

 

夫を亡くしてから、

他人の前でこんなに泣いたのは

初めてでした。

 

 

泣く時はいつも

子供が寝た後か

車の中か。

いずれにしても

心から泣けたのは

一人の時だけでしたから

初対面の人の前で

こんなにも泣けた自分に

ビックリしながら、

やっと泣けたな・・・と思ってもいました。

 

 

こういった優しい方々に背中を押されて、

まずはハローワークに行ってみようと

いうところまで、

行動できるようになっていきました。

 

 

・・・・・・・(3)につづく・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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