gyuttone!が、できたわけ。(4)

・・・・・(3)からのつづき・・・・・

 

この頃、少しずつ本も読み始めました。

もともと読書は好きだったのですが

気持ちに余裕がなくて

集中力を欠いていたので、

「本を読む」という

能動的な行為ができなかったのです。

 

 

「読書ができるようになった」というのも

精神が回復してきた兆しのように

自分では思っていました。

 

 

最初に手に取ったのは

江原啓之さんの本でした。

夫の残した本の中に

浮上するヒントがないかと

すがるような思いだったのを、

今、書きながら思い出しました。

 

 

「人間の絆〜ソウルメイトをさがして」という

本の中の一文に、

私はとても救われたので、

もし今、同じように苦しんでいる人がいたら

届けたいと思って抜粋します。

 

 

「大切な人を亡くしたとき、必ずといっていいくらい

胸に迫ってくるものとして、悲しみの他にもう一つ、

後悔の念があるのではないかと思います。

もっと優しくすればよかった、

もっと思いを伝えればよかった、

もっと何かしてあげられたのではないか、

もっと、もっと・・・・・と、

後悔の念は尽きません。

しかし、それがふつうだと思うのです。

〜〜中略〜〜

後悔が多く残るのは、事故による即死や突然死などで

大切な人を亡くした場合です。あまりにも急すぎて、

日頃の感謝も、けんかのお詫びも伝えられなかった。

「さよなら」の一言さえ言えなかった。

これはとてもつらいことだと思います。」

 

 

私はこの文を読んで初めて、

自分で自分を責めている事、

後悔していることを自覚しました。

 

 

あまりにも突然の出来事で、

とても現実のこととは思えず

葬儀の間も泣けなくて、

「このお葬式が終わったら

夫を探しに行こう」と思いながら

喪主を勤めていました。

 

 

一方で、夫に支配されない開放感のようなものも

感じていました。

 

 

夫は色々な面でこだわりのある人だったので

神経を張り詰めて夫の好みを探り当てるような、

緊張感のある結婚生活でしたから、

もう自分一人で決めていいのだということに

少なからず安堵感も感じていたのです。

 

 

喪失感や悲しみや恐怖、

夫に会いたくて会いたくて

息ができなくなりそうな苦しさとともに、

結婚生活で抱いていた不満や不安が渦巻いて、

心の中はこんがらがった糸の塊のようでした。

 

 

でも、江原さんの本を読んだことをきっかけに、

ああ、これでいいんだ、

自分の想いを、否定しなくていいんだ、

と思えるようになりました。

 

 

・・・・・・(5)につづく・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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