gyuttone !が、できたわけ。(10)

・・・(9)からのつづき・・・

 

2015年の秋、

上野動物園に子供を連れて行った帰り道

gyuttone!を作ろうと思った

決定的なことが起きました。

 

 

初めての本格的な動物園に

大はしゃぎの息子は、

帰りの電車の中で爆睡。

 

 

最寄り駅までは車だったし、

上野まで乗り換えなしだし、

何より前回

(ディズニーランドでの出来事

gyuttone!が、できたわけ(5))で

懲りていたので、

その日は抱っこ紐を

持って行きませんでした。

 

 

駅から駐車場までの道。

大した距離ではありません。

でも・・・

 

 

ぐっしょり汗をかいて

スースー寝息を立てている子供は

とても重くて。

 

 

ずり落ちないように

そーっとそーっと歩いていたら、

腰に痛みが走りました。

夫が亡くなってから私は、

1年の間に2回も

ぎっくり腰になっていたのです。

 

 

そんな時、

1組の家族が目に飛び込んできました。

パパとママと、子供。

パパが子供を抱っこして、

ママはスカート履いて

小さいポシェットだけで

とても身軽そう。

歩きながら何か、

楽しそうに話しています。

 

 

私も、夫が生きていた時、

あんな風に話しながら歩いていたことあったな。

うちもあんな風に、

パパが子供抱っこしてくれてたな・・・。

でももう、ああいうことはできないんだ・・・。

 

 

一瞬のうちに

夫が生きていた時と

今との格差に打ちのめされ、

さらに

「これからは、

荷物も子供も、

全部一人で背負って

行かなくてはいけないんだ」という事実が

実感として迫ってきて、

幸せそうな夫婦と自分との

コントラストの強さに

追い討ちをかけられたような

気持ちになりました。

 

 

 

知らないうちに

涙が溢れてきました。

でも、

こんな道端で泣きたくない。

そう思って空を見上げた瞬間。

 

 

一人のシングルマザーの友人のことを

思い出しました。

 

 

ああ、私は、自分が彼女と同じ立場になるまで

何もわかってなかったな。

あの子は、一人で二人も子供を育ててる。

本当に大変だっただろうに、

そのことを何にも気に掛けていなかったんだ。

なんて無神経だったんだろう。

 

 

私は今、確かに辛いけど、

でも、こんなふうに思うのは

きっと私だけじゃない。

実際、友人だって、こういう風景見て

泣きたくなることだってあったのかもしれない。

 

 

人生の中で

大事なものを失ったことがある人はきっと、

日常生活の中で

静かに傷ついて

黙って耐えているんだろう。

 

 

死別でも離婚でも、

理由がなんであれ

「普通の家族」を維持できなかった人は、

「普通の家族」を見て

傷付きながら生きているんじゃないか。

 

 

だったら、

例えばワンオペ育児をしている人に

寄り添えるような

育児グッズを作りたい。

孤独で泣きたくなっても、

この商品があれば

「一人じゃない」って

思えるような商品が作りたい。

 

 

デパートの裏道で、

涙をこらえて一気にそこまで

考えたことが、

商品開発のスタート地点でした。

 

 

その日の夜、

エスキース帳を開いて

デザインを考え始めました。

 

 

・・・・(11)につづく・・・

 

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