伯父の死〜生きたように死ぬ、ということ〜

先週、大好きな伯父が亡くなってしまった。

 

 

金曜日の朝、連絡が来て、

伯母は

「遠いから、来なくていいから」と言ったが、

「行かなきゃ後悔する」と押し切って

息子と両親とともに大阪へ行った。

 

 

大阪。

高槻。

 

 

20年前、鬱症状がひどくなっていく私をみかねて

両親が預けてくれた伯父の家。

建て替えをしたばかりで、

優しい木の匂いがする、

日当たりのいい大きな家だった。

 

 

「環境が変われば気分も変わるだろう

と思ったから、おじさんに頼んだよ」と

両親に言われ大阪に来て、

伯母も

「みづきなら役に立つと思て

引き受けたんや」と

迎え入れてくれていた。

 

 

今考えると、大人同士

心配するやりとりが

色々あったんだと思う。

 

 

実際私は、あまり役には立たなかっただろう。

家事はひと通りできても、

精神の病んだ

体だけ大きくなった

子供そのものだったから。

 

 

伯父と伯母は、

私が何に苦しんでいるのか

何も聞かず、何も言わず、

小さい頃と同じように

優しく見守ってくれていた。

 

 

伯父は面白い人で、

社会党の議員だったのだが

解党した後作家になり、

ちょうど1冊目の本を書いているとこと

だっただろうか。

 

 

床から天井までびっしり本の詰まった書斎で、

のんびりと過ごしていた。

 

 

私がお昼ご飯に何を作っても、

「みづきが作ってくれたんやから、

これは呑まんとあかんな」と

おもむろにウィスキーやビールを用意し、

早々とテーブルについて待っていた。

その動作や言い方、

声のトーンまで

今でもはっきり思い出せる。

 

 

私はこの家で、

笑い方を思い出した。

両親が教えてくれていたことの価値を、

実家を離れて初めて知った。

絡んでいた紐が

一本ずつ解けて

あるべき場所に戻っていくような感覚を体験して、

「もう大丈夫」と思えた。

 

 

その半年後、

女子美術大学に合格して

自分の生きる道を見つける

勇気を出せるようになった。

 

 

私にとっては

人生を取り戻す場所を

与えてくれた人だった。

 

 

伯父さんの棺を前に、

最後の様子を聞いて、

20年前と変わってない

伯父さんのエピソードを聞いて、

「人は、生きたように死ぬんだな」

と思った。

 

 

伯父さん。

ありがとうございました。

可愛がってくれて、

面白がってくれて、

伯父さんと一緒に過ごすことができて

私は前に進めるようになったから、

もし、

私に誰かを見守れる番がきたら

伯父さんに返せなかった恩を

送って生きます。

 

 

本日は、極めて個人的な想いを

書かずにはいられませんでした。

読んでくださった方、

ありがとうございました。

 

 

必ず、人生は終わる。

じゃあ逆算して、

今私ができることは何か。

葬儀に立ち会うたびに思う。

時間は限られている。

そう、強く、思います。

 

 

2018年5月16日

大門みづき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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