事故の日ー2ー

「ここに

ダイモンヒデユキさんという方は

いらっしゃいますか」

「はい、夫ですが」

「事故に遭われたようなので、

ここに電話していただけませんか」

「は?」

 

 

渡された紙切れに、

鹿沼警察の電話番号が書かれてあった。

 

 

原付の警察官は、のんびりした雰囲気で

何か特に緊急性がある感じもしなかった。

でもとりあえず、

骨折でもしたのかもしれないと思って

電話をしてみた。

うちには家電が無かったので、

免許証の住所から

わざわざ久喜駅の警察署から

家まで知らせに来てくれたんだと思った。

 

 

鹿沼警察署に繋がると

「ご主人が重篤です。

急いで来てください」という緊迫した声。

電話の相手の動揺が伝わって来て

ただ事ではないことが一瞬でわかった。

 

 

「夫が重篤ってどういうことですか!?」

「とにかく急いで、気をつけて来てください」

 

 

これはダメなやつだ。

冗談とか、大げさに言ってるとかじゃない。

本当に大変なことが起きたんだと直感し

電話を切るや否や母に

「鹿沼に行く」ということを告げた。

 

 

母は電話口の声を聞いていないので

のんびりした様子で

私が血相を変えて支度をし始めても

「なんで?どこに行くの?」みたいな

感じだった。

なんと言ったのか忘れたけど、

何かのやりとりがあって

「とにかく早くして!」と

叫んだ気がする。

 

 

 

鹿沼まで、車で東北道を飛ばした。

運転している最中に、

二度と目を開けない夫の顔が

瞼に浮かんで

「絶対そんなことない」

「大丈夫だから」と

何度も自分に言い聞かせて、

子供を乗せてるんだから

とにかく安全運転で行かなきゃ、

冷静でいなきゃと何回も思った。

 

 

何故か突然、

喉をキリで刺されたような痛みが走って

息がしにくい。

母に、アメを持っていないか

聞いた気がする。

 

 

鹿沼についてインターチェンジを降りた時点で母が

「警察に電話しよう」と言った。

家を出るときはまだ、

受け入れ先の病院が決まっていなかったので

とりあえず鹿沼警察を目指して来てください

ということだったのだ。

 

 

もう病院が決まっているのではないか。

鹿沼警察に行っても

秀行さんはいないんじゃない?というのが

母の言い分だったのだが、

私は電話をするのが怖くて仕方なかった。

「電話したくない。

もし、もうダメでしたって言われたら

どうするの?」と

もっとも恐れていることを

やっとの思いで口にしたら

母が代わりに電話してあげると言ってくれた。

 

 

私は、先ほどの警察の人たちの

動揺ぶりを感じて、

相当まずいことになっていると

感じ取っていたのだが、

母は聞いていなかったので

何故そこまで私が悪いように考えているのか

わからなかったのかもしれない。

 

 

電話をしたらやはり、

病院に搬送されていたので

少し戻る感じで道を検索し直して

向かったんだと思う。

 

 

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喪失体験をした人たちと繋がりたくて書いています。

何故ならば自分自身が、立ち直りたくてもがいていた時

#死別 #30代 #シングルマザー

というキーワードで検索しまくっていたからです。

 

自分の体験談が、必要な人に届いて励ますことができたら。

そう思います。

 

2018年 kanadel大門みづき

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