事故の日ー3ー

病院の駐車場について

受付で聞いて、

該当するであろう病棟に走ってく。

大学病院の広いこと。

何がどこにあるかわからない。

私は子供を母に預けて、

とにかく入り組んだ病棟内を全速力で走った。

 

 

外科病棟と聞いて来たのに、

ICUの看護師さんに

「ここにはいません」と

言われたとき、

「あ、助かったかも」と思った。

 

 

「ごめんごめん」と言いながら、

包帯だらけで車椅子に乗ってくる

夫の姿が浮かんで、

一瞬「大丈夫かもしれない」と思った。

 

 

「ここにいなければ向かいです」と言われた

そのエリアの自動ドアが開いたとき、

そんな妄想は一瞬で終わった。

 

 

なんていう名前の場所だったか忘れた。

ナースステーションで名前を言った後、

病室ではなくて小部屋に通された。

 

 

これは何を意味するのか、

必死で考えていたような気もする。

座っているのが辛くて、

崩れ落ちそうにして机に突っ伏すようにして

やっとの思いで椅子の上にいた。

 

 

すごく長い時間待たされたような気もするが、

実際にはほんの数分だったのかもしれない。

お医者さんが来て、

ドクターヘリの医者だと言った。

 

 

「結論から申し上げますと、

旦那さんはもう亡くなっています」

 

 

レントゲン写真を見せられて

いろんな説明をされた。

体のどこが怪我をしているとか、

内臓がどうとか

足のどこが折れているとか。

ボロボロじゃないかと

笑いが出そうだった。

嘘にもほどがある。

 

 

 

脳みその写真だけ覚えている。

見たことのない写真だった。

普通脳みその写真って

シワシワがいっぱいあるものだけど

それは、真っ白だったのだ。

輪郭だけ残して、

中が真っ白。

 

 

死因は、脳挫傷。

 

 

そうだよね。

こんなに真っ白じゃ

脳はものすごく大きなダメージを

受けたんだってことが

素人だってわかる。

 

 

人って恐怖が限界になると

笑い出しそうになるのか、

絶対嘘でしょって笑い飛ばしたかったのに、

目の前のお医者さんが

全然そういうのを許してくれる雰囲気じゃなかったから

ものすごく腹が立って来たのを覚えている。

まるで、

このお医者さんが笑わないから

事実が決定づけられるみたいな。

プレッシャーをはねのけたくてもがいてるっていうか、

ほんとだって言うんなら見せてみろよって言う感じの

反逆的な気持ちになっていた。

 

 

涙が出るような、余裕もなかった。

 

 

 

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喪失体験をした人たちと繋がりたくて書いています。

何故ならば自分自身が、立ち直りたくてもがいていた時

#死別 #30代 #シングルマザー

というキーワードで検索しまくっていたからです。

 

自分の体験談が、必要な人に届いて励ますことができたら。

そう思います。

 

2018年 kanadel大門みづき

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